丁子屋 十四代目ブログ

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丁子屋8代目(1861生まれ)菊蔵さんの写真入手

丁子屋と歴史

親戚のおじさんから貴重な写真をいただきました。

 

そこで分かった新事実。

 

丁子屋平吉は5代目までがその名を名乗っていたらしい。(初代から名乗っていたという証拠を探してます)

そしてこの8代菊蔵さんのお父さん7代目「平七」さんがちょうど歌川広重さんが描いた頃に現役だった人物だったと推測される。

 

おじさんがどこから調べてきてくれたのかキレイにまとめてくれてました。

 

文久元年(1861)生まれの8代菊蔵さん

「東京のとろゝ汁はすましを使ふさうぢやが、わしのところは昔から味噌汁ぢや、然しその味噌もお手製なのぢや、とろゝ汁の『味』は味噌をつくる『腕』にあるのぢやよ」

今も言ってることは変わってません。

 

記事が書かれたのは1936年頃でも

「時代の遺物のとろゝ汁をめづらしがつて寄つてくれるのでお陰で繁昌しまさァ」

 

これから先、時代が進めば進むほど

生きた化石のように「街道の名物茶店」として

皆さんに楽しんでもらえればいいなと思います。

茅が器に生まれ変わった

丁子屋と歴史

 

1月まで屋根の上にあった茅が器になりました。

 

それぞれに表情の違いを見せる器。
焼いた時の気温・湿度など様々な条件が重なったこの違いを見せます。

 

 

左:㈱渡邊商店、渡邊社長 中:丁子屋、柴山 右:陶芸家、前田直紀さん

去年行った茅葺職人さんとのトークイベントの際、初めて会った渡邊さんから茅葺を燃やした灰で釉薬ができることを教えてもらいました。

そして、こぼした(屋根から茅を降ろすこと)茅を器に生まれ変わらせるこのプロジェクトが始まりました。

 

 

とろろ汁のための茶碗なので、丁子屋スタッフに大きさや色合いなど好みを聞いてくれました。

 

 

出来上がった器には1~200までの限定ナンバー入り。
これは14代目夫婦自ら入れさせてもらいました。なので、若干の読みにくさはご愛敬(^-^;

 

 

燃やした茅はほんの少しの灰になりました。

2トン車満載の茅は最終的に40Lのバケツ一杯分の灰になりました。

 

 

 

合計5パターンの微妙な調合で、40回以上の試行錯誤を重ねてくれました。

 

 

<ざっとですが、前田さんが今回行ってくれた工程>

灰に水を張って攪拌を数日
うわ水を切る、また水を張る
ゴミを取りながら程よくアクが抜けたところで布で濾して絞る。
素焼き鉢にとって乾かす
乾いたら篩にかける
磁石で鉄分を少し取り除く
出来上がった灰と長石など原料を混ぜ合わせる
水を張って溶かす
篩に掛けだまを取る
ミルにかけ粒子を揃える

これで釉薬の完成。
さらにそこから渡邊商店さんのガス釜での焼きに入ります。

焼くという工程でもその時の温度・湿度・窯の火の温度(内部が見えない釜なので温度調整が難しいとおしゃっていました)様々な条件により、釉薬の焼き上がり具合が変わってくるとのこと。

 

 

モノづくりの大変さ(面白さ)を感じた今回の器つくりでした。

 

 

前田さん・渡邊さん

ありがとうございました!

 

この貴重な茶碗は限定に200個。
そのうち半分は昨年ご支援いただいたクラウドファンディングの支援者の皆様への返礼品です。

残り100個は一般の皆まさにお譲りいたします。
大切な方への贈り物など。10年後も20年後も、どうか大切にしていただければと思います。

 

 

\10,800(送料・税込み)

 

器予約ご案内ちらし

ただいま販売予約受け付けております。
ご予約お問い合わせはこちら迄

054-258-1066
mariko.chojiya@gmail.com

 

 

 

 

クラウドファンディング目標達成のお礼!

丁子屋と歴史

来年行われる茅葺修復の費用1,400万のうち1,000万円をご支援いただいたクラウドファンディング

目標金額の1,000万円に到達いたしました。

 

 

この場を借りて、ご報告を御礼申し上げます。ほんとうにありがとうございます!
宿場関係の皆様や、お客様、地元の皆様などたくさんの方にご協力いただきました。いくつものミラクルがりました。本当にありがとうございます!

 

丁子屋の421年目の歴史は、皆様の温かなご支援と応援により、新たな歴史をいただきました。

今後も家族や社員のため、お客様のため、地域のため、そして東海道のために精進してまいります。引き続き応援よろしくお願いいたします!

 

今日は改めて、今回のチャレンジのそもそもの思いをお伝えしたいと思います。

Ready forさんのサイトにも掲載しているものですが、改めてお伝えします。

 

 

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「どうしても残したい浮世絵の風景」

自分たちは今も昔も「とろろ屋」なのです。

この浮世絵は先代(12代目のじーちゃん)が集めてくれたものです。

約200年前(1833年)に描かれた丸子の風景です。

でも丁子屋の創業は1596年。

ここからさらに237年前にさかのぼります。

 

たぶんその頃も丸子周辺では自然薯が採れていたし、

それをとろろ汁として食べる習慣があったんでしょうね。

そこから400年。

 

 

 

この絵に描かれているのは

とろろ汁をすするお客さん(弥二さん・喜多さんといわれています)

とろろ汁を提供するお母さん(今でいうと自分も含めスタッフさん)

自然薯を丁子屋に売って帰宅途中の自然薯農家さん
(現在20軒の農家さんから自然薯をいただいてます)

なぜこの人が自然薯農家さんなの?って説明はこちらで詳しくしてます。

そして
お母さんの背中には赤ちゃんの姿
しっかりと次の時代が描かれています。

そしてじーちゃんが50年前、移り行く世の中で「丁子屋には歴史がある」と、

この風景を残すために茅葺を移築してくれました。

 

 

 

さらにさかのぼって江戸時代
浮世絵はまだ見ることのない風景や名物に思いをはせ、

「行ってみたいな~」という庶民のあこがれ。

 

では現代はどうか?

 

東海道という名前は鉄道の路線名として一般的になってますが、

本当は人と人が行き来し、そこで暮らしていた場所の名前だし、

今でもちゃんとそこに残っています。

ただ、少しだけ普段の生活とは離れてしまっただけ。

 

広重さんの浮世絵1枚あったおかげで、
丸子(丁子屋)には昔からの風景が今も残り、

旅人やそこで暮らす方たちとともにあり続けています。

で、この絵を細かく見ると上のような今と変わらない風景、

人と人の繋がりがあります。

 

これから先もこれでいいかなと思っています。

 

とろろ汁をひろげるぞ~!って海外へ行かなくても、

東海道があり、江戸時代からの伝統的な製法で作られた鰹節や安倍川餅や

いろんな名物があり、浮世絵にも描かれた風景がまだ残っている。

そして、宿場や沿線、東海道から外れた山や海や
それぞれの地域ごとに「今」をめっちゃ楽しみながら生きている人たちがいます。

そこに暮らす人と、そこを訪れる人。

それぞれがつながり楽しめる空間がこの浮世絵には描かれているし、

いまの宿場にも残っています。

今日は「どうしても残したい浮世絵の風景」のお話しを

お伝えさせていただきました。

だからこその今回のプロジェクトであるということを

知っていただければありがたいです!

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4月13日(火曜)
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●冷凍とろろ汁ネット販売
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店頭販売もあります。

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