丁子屋 十四代目ブログ

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カテゴリー:十四代目のひとりごと

First alone,Far together

十四代目のひとりごと

早く行きたければ1人で行け、

遠くへ行きたければみんなで行け

 

今年教えてもらったのですが、これはアフリカのことわざなんだそうです。

 

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早いもので社長になってからもうすぐ丸4年が経ちますが、その意味が近頃しみじみと分かってきました。

 

10/12が歌川広重さんの命日なので、恩を忘れないようにとその日にし、覚えてもらいやすいからということで、オリンピックのあるはずだった2020年10月12日に社長になると決めました。

 

実際にはその年にコロナ禍に突入、オリンピックは延期、丁子屋としても1ヶ月以上に及ぶ休業など、経験したことのない局面を迎え、振り返るとすごく昔みたいな感覚です。

皆さんのおかげで何とかやって来れました。

ここ2〜3年は「自分は1人じゃない」って思えることがすごく多くて、それがどれだけ心強く、有難いことかと思っています。

 

 

最初の一年はとにかく「早く辞めたい!」って思いながらのしんどい一年でした。緊急事態宣言などもあり、何をしたら良いかもわからず、なんだか焦ってて。

 

そんな僕に

「まぁ落ち着いて」「焦ってもしゃあないから」

「指示してくれたら、みんなに伝えて動いてもらうから」

と、そう言って妻が寄り添ってくれました。。。

 

 

で、営業も再開

全スタッフの個別面談やミーティングを重ね、現場での作業の見直し、タイムカードの打ち方、ベースアップの仕方、手当の出し方などなど細かな&誰に対しても公平になるような業務改善を積み重ねてきました。

 

 

あげ出したらキリがないのですが。

特にスタッフへのムラのない対応については、妻がいなかったら絶対できてないだろうなと、

日々実感しながら、

そしてお尻叩かれながら(笑)、

そんな日常を、今も積み重ねています。

 

 

2006年の入社以前から赤字経営が続いており、なんとかしなきゃと焦っていたのを覚えています。

安い丼作ったり、品数多くした箱膳を使った結果、現場の作業を膨大に増えてしまった割には利益が残らんメニューだったり。

とろろ汁にこだわるのではなく、安いものや品数増やすなど目先のことに走った内容でしたね。

 

 

改善させたいのに、スタッフと一緒に動く関係性ができておらず空回りの連続でした。

●自分自身が現場作業を理解できていない

●全体が見えていない

●経営的な数字の把握や判断が不十分だった

●そのくせ、スタッフに耳を傾けて寄り添うことをしなかった。

●さらには、偉そうに自分が変えなきゃと、1人息巻いていた

などが原因だと、今は分析しています。

だいぶカッコ悪いですよねぇ

 

 

でもこの2〜3年は、

「1人じゃない」って思えることがすごく多くて、何かあればすぐに相談できる相手がいてくれます。

 

と言うか、

空回りしていた頃と違い、

自分1人じゃ何もできないことがわかったので

妻やスタッフはもちろん、

生産者であったり、

地域の方だったり、宿場の方だったり

同じ飲食店仲間だったり。

相談したり、協力してもらうことにしてます。

 

だから不必要に焦ることもなく、

まずは現状を見る、声を聞く、そして寄り添う

ということが少しはできるようになってきたのかなと思います。

 

その結果

自分自身と周囲の安心につながっているように思います。

「安心できる」ってすごい力強いなと感じます。

 

 

さらにこの頃では

問題が解決する&想いが形になる早さが早くなっているように思えます。

 

料理人でもない、

経営のことなんて大学で少しかじっただけ、

就職すらちゃんとしたことがない、

 

そんな僕ですが、入社から約20年。

社長になって5年目が始まります。

だいぶ楽しくなってきました♪

 

 

そして、早く行くのではなく

みんなで遠くへ行く。

 

 

 

仕事覚えが悪くても、ちょっとくらいどん臭くても(自分なんですけどね)

寄り添ってもらえる人がいる

 

 

丁子屋という船に乗船してくれてる人は

誰もが寄り添い安心し、

それぞれの役割に自信とプライドを持ち、

歩調を合わせながら同じ方向を見て進む。

 

歩調を合わせるために、時には耳の痛いことも言うし、言われるし、

寄り添う側は、気力も試されたりするけど。。

 

それでもみんなのおかげで、

ゆっくりとですが少しずつそんな船になってきてる気がします。

 

 

 

いつもありがとうございます!

日頃の感謝を込めて。

 

 

丸子トレランコース走ってみた

十四代目のひとりごと

最初に言っときますが。

僕は高校の頃、マラソン大会は仮病を使って休んでた人間です。

そんな僕が走れてます。自分自身が一番驚いてますし、無理って逃げずにちょっとだけチャレンジしとけば良かったなと今更ながら少し後悔してます。

 

 

 

この大会を知った時は

山を? 20kmも??

そんなんムリムリって思ってました。

でも、大会に出たアルバイトスタッフに誘われ、少しずつ距離を伸ばして行く中で

「なんとなくいけちゃうかも」

って感覚になっていったのが面白いなと思います。

 

 

あと、1人で走るよりも何人かで一緒に苦しみ頑張ることで、1人以上のパワーを出せちゃうんだなと。

いつもお誘いいただくタッキー&愉快な仲間たちの皆さん、ありがとうございます♪

 

 

 

そもそも走り出したきっかけは。。。

 

2020年9月

翌月から社長就任という直前で、

次から次へとミスをおかし、

全然不甲斐ない自分が嫌になって

「もうやだー」って逃げ出したくなり、

 

 

逃げ出したまま、走り始めました。。。

 

 

 

それからなんとなく距離を伸ばしていき、

今年に入ってからは2025年の静岡マラソンに参加するということを決めました。

 

目標ができると、考え方も変わるもので

目の前の辛さも目標までのステップのように感じてきました。

誰もがそうだったと思いますが。

初めて走った山道は、足も視界もフラフラでした(苦笑)

 

ちなみに、

登りは歩きます。

下りや平坦な林道を駆け抜ける疾走感がたまりません。

 

 

向こうの山から走ってきたんだなーと思うと、なんだかまだやれそうな気がしてきます。

他のトレランコースは知りませんが。

丸子のコースには富士山や駿河湾を始め、こんな明治のトンネルや江戸の宿場町にタイムスリップできそうな街並みを駆け抜けることができます。

 

満観峰↓

南アルプスから太平洋、富士山まで、その名の通り360℃見渡せちゃいます。焼津や用宗、小坂方面からも登ってこれます。

晴れてればこんな感じ↓

 

絶景の朝鮮岩

朝鮮岩も晴れてればこんな感じ↓

↑正面おく〜の方に富士山がうっすら!

 

普段は下から眺めるだけの山々も、トレランを始めたおかげで見る目が変わりました。改めていいところだなーと感じます。

 

 

今回のコースのログ↓

最後の丸子川土手沿いは足が痛くなりそうだったので歩いたため🔴で終了

人生初の20km!

 

 

最初は高いハードルだと思いこんでたことも、やってみると案外いけちゃうことってありますよね。

 

そんな勘違い?を積み重ねていきます。

初のフルマラソンに向けて、次はハーフマラソンにチャレンジしたいです。

 

 

2024丸子アルプストレイルランニング大会の様子。ワクワクしながらのチャレンジで、皆さん素敵な表情です。↓

 

2024 PHOTO

それと、走ってみて感じたのは

この大会を安全に運営する実行委員会の皆さん、そしてボランティアとしてサポートしてくれる皆さんの努力はほんとすごいなと、ありがたいなとしみじみ感じました。

丁子屋としても影の実行委員の1人として、また来年に向けて頑張りたいと思います。

なにを残すか?考えている

十四代目のひとりごと

 

わたくしごとですが今年、

代表取締役になる予定でいます。(今は取締役社長)

ちょーっと長いですが。

今の気持ちを忘備録的にまとめました。読むのが面倒くさくない方、お付き合い頂ければ嬉しいです。

 

 

 

 

 

株式も数年かけて父親から譲り受けてきました。現場のことは妻と現場のみんなとで二人三脚で作り上げてきてます。なので運営自体が大きく変わるわけではないですが、気持ちの上では一つの節目だなと感じてます。

 

そこで、

個人として、経営者として、

改めてどこに向かうか、何を残すかを考えてます。

 

で、結論から言うと

「安心して活動できる丁子屋/東海道を残す」というとこかなと思います。

 

「活動」には『生きる/暮らす、遊ぶ、仕事する』などが含まれます。

「丁子屋/東海道」は『有限会社丁子屋と、東海道の宿場である丸子(静岡)という地域、ひいては東海道全体』を指します。

 

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メディアに取り上げていただいたり、周囲からは「創業400年」ということで「すごいですね」って言っていただけます。

それはすごくありがたいことです。

何より1代では到底築けない信頼と関係性、そして多くの方に知っていただいてることは、自分1人ではできない長年の積み重ねがあります。

 

 

 

ただ僕には大きな勘違いがありました。

それは、小さい頃からそんな状況で育ってきた僕は

『その歴史=自分の評価であり、守るべき価値』

だと思ってしまっていた、ということです。

 

今まで続けてきたことが大事だと感じていました。さらに入社前から赤字が続いていたのでどうやったら売上が上がるかに必死でした。

 

要は

自分のことしか考えられませんでした。

 

 

数字を追いかけた結果、廃業させてしまった漬物農家さんもいます。子供のことも妻に任せっきりだった時期もあります。最悪でした。

 

特に妻には「子供達に嫌な思いさせたり、自分たちが苦しみながら仕事しなきゃいけないならそんな店潰れた方が良い。」「ご先祖さんも子孫が苦しむことなんか望んでいない」と、本当によく言われました。

そのくらい僕は「そうすべき」に囚われていたんだと思います。

 

でも「守るべき伝統や文化」に囚われず、

『父親として』妻や家族のことを思う。

『事業主として』は、スタッフや取引先、そしてお客様のことを思う。

 

ただただシンプルに、そして当たり前に、そのことを大事にできたのなら、今よりもっとよかったかもなと思っちゃいます。

 

 

今よりもっと未熟な自分だったので

産みの苦しみの中で得た経験かもしれませんが、

二度と間違えてはいけないなと思います。

 

ホント今さらではありますが。

妻には最初っから言われてたんですけどね(汗)

 

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今年僕は45歳。思えば高校も大学も普通に行かせてもらいました。

 

でも今の20代の皆さんが学生の頃、東日本大震災を経験し、10代の皆さんはコロナ禍での学生時代を過ごしています。

 

息子たちもこの春、小・中学校を卒業しました。

卒業式に参加する中で感じたのは、それでもみんな、この状況の中で明るく元気に、できる形で頑張っていた、楽しんでいたことです。それを先生方も必死に支えてくれていたんだと思います。

 

 

 

何が言いたいかというと・・・

震災やコロナなどで、僕とは違う「当たり前」を乗り越えている世代がこれからどんどん社会に出てきます。

 

いろんな制限を感じながら、それでも今できることを考えながらそれを「当たり前」として動いている世代です。

 

そんな未来に、僕は何を残せるかなと考えています。

 

具体的なことはまだ分かりません。それは自分ではない誰かと一緒に実現することだと思います。

 

それでも安心できる場所を目指したいなと思っています。そのためにもまずは自分自身が安心してもらえる人になりたいなと思います。

 

 

で、その結果

今まで繋がってきた歴史や文化がさらにパワーアップして繋がっていけばいいなと思います。

 

 

 

こちらは大阪心斎橋筋のど真ん中、

大阪浮世絵美術館さんにて行われている
 「北斎・広重 浮世絵と巡る日本の名所~旅行ブームがやってきた!~」展↓

展示の中で、浮世絵にも描かれた現役の店として案内していただいてるのですが、そのことを朝日新聞さんにてご紹介いただきました。

いつまでも応援してもらえる場所であり、そんな人でありたいなと思います。

https://www.asahi.com/sp/articles/ASR457X3GR45OXIE008.html?fbclid=IwAR0JcmE5__-aWNNt5_hH8OskCyKh2jwNIP_VaAOCpDpcEpU5G8vj19g0LDk

 

長々とお付き合いありがとうございました。

柴山広行

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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